「君は、前世を思い出すことがあるのかな?」

唐突に放たれた言葉に、玄奘はぱちりと目を瞬いた。

「君は、大聖のことを思い出すことはある?」

その言葉を誰よりも意外だと思ったのは、もしかしたら自分自身だったかもしれない。閻魔王ではなく、悟空としての生を真の意味で彼が歩き始めてしばらく経った。記憶は変わらず彼の内にある。閻魔王の記憶はもちろん、斉天大聖の記憶も。
それらは膨大すぎて人間の身に堕ちた彼には、本来到底持ち続ける事はできない記憶たち。いずれ薄れ消えていくのは目に見えていた。

そして彼女も、また。

「大聖…斉天大聖のこと、ですか。それは金蝉子として、ですか?」
「なんでもいいよ、君が、今の玄奘だろうが、昔の金蝉子だろうが」
大聖を、彼女の魂が覚えているのか、それだけを聞きたかった。
「覚えて、いますよ。金蝉子の記憶は、ありますから」
それでも身近なものではないのだろう、少し不安そうに揺れる言葉がそう紡ぐ様は、やはり楊漸にとっては予想の範疇内だった。
「そう…そうだよね」
ならばこれは、この言葉は恐らく言わないほうが、彼女のためなのだろう。何よりあの子はそれを望んではいなかった。それは、楊漸自身が誰よりわかっている。彼の記憶に触れたものとして。
そして同じくわかっているはずの悟空は、多分、両者の気持ちをも含めて己の気持ちとして昇華させているのだろう。

だからこれは、楊漸自身のわがままでしかないのだろう、とは思う。
それでも、伝えておきたいと、彼女に、玄奘にも、金蝉子にも、届かなくてもいいのだ。ただ、伝えておきたいと思う、ことがある。

「ねぇ、知っておいてくれるかな。君が玄奘であろうと金蝉子であろうと、どちらあってもかまわない。ただ、知っておいてほしいことがあるんだ」

その魂に、刻み付けていてほしいのだ。
幾度転生を果たそうと、決して忘れ得ぬよう。
君が、悟空のことを忘れなかったように。
人の身ではずっと覚えておくことはできないかもしれないけれど、何かのきっかけで、また、思い出せるように。
転生を果たせずに消えてしまったその、想いを。

不思議そうに首を傾げる玄奘に、ふっと笑みを浮かべて、楊漸は言葉を紡ぐ。
「大聖はね、誰より、君を大事に思っていたよ」
あの子の記憶には、いつだって鮮やかに金蝉子の姿が、あったのだ。
「君を、誰よりいとしくおもっていたんだ」
それが仲間としての友愛以上のものを含むことを、知ってしまった。
そして彼女をいつだって見ていたあの子は、その気持ちに蓋をしてでも彼女のために在ろうとしていた。
彼女が見ている先を、知っていたから。
「忠誠を誓ったからじゃないよ、君が大将であったからじゃない。あの子は、」

君が君であったから、金蝉子が金蝉子であったからこそ。
あの子と同じく人間を気にかけ、同じくあの戦を終わらせたいと願い、そのきっかけを作り、真実終焉を作り上げることのできたあなたを。

誰よりも、想っていたよ。
あなたの心を、あなたの想いを、全てのものから守りたいと、想っていたよ。

それをどうか、忘れないでくれないか。
君の魂に、刻み込んで、何度輪廻の輪に戻りまた違う生を歩むことになっても。







あなたをおもっていたひとりのおとこのことを 
どうか  どうか。