その内、私の心臓は限界数を突破してしまって壊れてしまうんじゃないか、と思った。


 「二度目は、ねーからな」


 見上げた先に在った眼が、まるで赤い炎が燃え盛るような苛烈な光を宿している。
 その炎を呆然と見ながら、ルルはばくばくと騒ぎはじめた心臓に手を当てた。先程、一瞬活動を停止した気さえしたのに、それが嘘のように足早に鼓動を刻んでいる。
 切っ先を突き付けられた、事の張本人は、コクコクと固く頷く。それを認めてラギは構えた剣を降ろし、庇うようにルルの肩に置いていた手も離した。
 まるでそれが合図となったかのように、加害者はひとしきり謝ったあとに申し訳なさそうにしつつも足早にその場を後にした。一拍置いて、ルルも細く長い安堵の息をつく。
 ラギが間一髪で助けてくれたお陰で、双方共になんの禍根も残らなかったが、危ういところだった。
 「お前並に魔法暴走させる奴がいるとはな…」
 しみじみと発された言葉に、ルルは引き攣った笑みを浮かべて応じた。

 廊下の角を曲がった途端、巨大な蛇の形をした炎の塊に顎を開かれるなんて珍事は、ミルス・クレアならでは、だろう。
 たまたま一緒にいたラギが、すんでのところでルルを庇い、炎を断ち切ってくれたからこそ、無事だっただけで。
 炎に耐性のあるラギだからこそ、なしえた技だ。

 「つーか、お前魔力の気配くらいわかんねーのか?」
 「わ、わからないわけじゃ、ない…はず」

 全く説得力がない、と自分でも思いながら、自分の心臓の辺りに手を当てる。今だに通常の早さに戻らない鼓動が、先程の事件を全く予期できていなかった証拠だ。
 「んで?怪我とかは?」
 「へ?…ううん、何もないわ」
 当たり前だ、外ならぬラギ自身がルルと炎の蛇の間に立ってくれたのだ。知らないはずがないのに。
 きょとんとするルルに、ラギは無造作に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと頭を掻き回した。
 「な、なに!?」
 「なんでもねーよ」

 その声が、予想外に優しく響いたから。

 反射的に頭を抱えるようにしなて髪を整えていたルルは、そっと伺うように視線だけをあげた。
 先程見た時とは対照的に、優しくあたためてくれるような炎に出会う。

 「お前が、怪我してなくて何より、だ」


 言葉通りに安堵したように、つと細められた眼と弧を描いた口許が描く表情が、見たこともないくらいに大人びていて。


 「ほら、ぼけっとしてねーで、食堂行くぞ」
 腹減ったーといつもの調子で言って、ラギは先に足を進めて行く。

 あぁ、どうしよう…。

 さっきとは違う意味で騒ぎはじめた心臓をぎゅっと、掴む。
 ラギが先に行ってくれた事に盛大に感謝しながら、ルルは一度大きく深呼吸する。
 頬に手をやれば、予想通りに熱を帯びていて。
 「一生に刻む鼓動の数は決められてるって本当かな…」
 そうだとしたらあまり長く生きられないかもしれない、なんてことを考えた。

臨界点突破

冷めない熱に溶かされるのと、速まる鼓動に心臓が壊れるのと、どちらが先だろう?