一言二言言葉を交わして去り際にお礼を言われたのでどう致しましてと微かに笑みを浮かべる。
 相手にはそれでも効果があったらしく、少し驚いたような顔をしたあと、すぐににこりと笑顔を返してきた。
 その人の背中が見えなくなった頃、エストはふぅと息をついた。

 「で、いつまで隠れているつもりですか、ルル」

 先程から一定の距離を空けた位置で立ち止まっているルルを振り返る。
 「なんだ、気づいてたのね」
 少し居心地が悪そうに肩を竦めたルルは、エストの隣に立ってまじまじと見上げてくる。
 そういえば、出会った頃は僅かも視線の高さに差異がなかったな、と取り留めも無いことを考えた。あれから既にいくつもの季節を彼女と共にして、今では頭ひとつ分ルルより高くなった。
 「エストも、変わったわよね」
 「…何ですか突然…」
 思いっきり眉をしかめて問えば、昔は慌てたように言い訳やら謝罪をしていたのに、今のルルはにっこりと笑って見せる。
 「さっきの見て思ったの。笑顔で他人と挨拶できるなんて、前は考えられなかったわ」
 いい変化だと思うけど。
 そういってくすくすと笑うルルは、以前より落ち着いた印象を受ける気がする。貴女も変わりましたよ、と告げれば、そうかな?ときょとんとした顔をする。その顔は以前と変わらなくて、エストは少し笑った。
 「でも、ちょっと……」
 言いかけて、ルルははっとしたように口を押さえる。
 「ちょっと?」
 まるで顔色を窺うように一度は見上げてきた視線が、気まずげに逸らされた。

 「……ちょっと、寂しいかも…って」

 ぱちりと不思議そうに瞬かれた目にいたたまれなくなって、ルルは視線を逸らしたまま続ける。
 「だって今までエストの笑った顔を見れるのは私だけだったんだもの。無意味に皆に嫌われたりしないように笑顔で接するのが大事だって言ったのは確かに私だけど、やっぱりなんだか大切なものが取られた気分っていうか…」
 早口にまくし立てていた言葉が最後には口の中に消えて行った。
 エストは特に笑うでもなく呆れるでもなく、一拍置いてそうですかと呟いただけ。
 予想に反した反応を貰ったルルは、ちょっとだけ複雑そうに眉を寄せた。からかわれるのも嫌だけれど、無反応も何だか納得がいかなくて再び視線を逸らす。
 そんな心境が手に取るようにわかってしまったエストは気づかれぬように僅かに口元を緩めた。

 「貴女がどう思おうと勝手ですが、変わらないことも有るでしょう?」

 え、とルルが反応するより早く、エストはその細い体を引き寄せた。
 その直後、額に降ってきた熱にルルは目を見開く。

 「エ、エスト…!!」
 真っ赤になった顔をあげて、見えたのは意地の悪さが混じった笑い顔。

 「こういうことは、どんなに時間が移ろっても、貴女だけにしかしませんから」





only to you

これまでも、そしてこれからも、君だけに捧げるトクベツな感情