特に約束などしていなかったけれど、いつからか二人で帰ることが日課になっていた。
「…あ、そういえば……」
日課になっていたから、当たり前のようにいつも落ち合う場所にきて立ち止まり、エストはふと午後一番でルルに会ったことを思い出す。
「『今日は一緒に帰れない』んでしたね」
その時の、ごめんなさい、と今にも泣きそうなくらいに気落ちしたルルを思い出して苦笑した。あまりにもしょげ返っているから、待つと言ったのに、彼女は頑なに首を振ったのだ。たまに、ルルはひどく頑固に意地を通すときがある。
エストはしばし逡巡したが、いつも彼女を待つように、中庭にあるベンチに腰掛けた。
喉をそらすように首を傾け、空を見上げる。
空は真っ青に晴れ渡り、そこに白い絵の具を垂らしたような雲が浮かんでいる。ミレス・クレアは魔法がかけられているから、大体こんな快晴が続いていく。
平和で平穏な、日々の象徴のように。
二度と、こんな空を見ることはなかったはずだったんだけど……
ルルの試験で、闇をおびき出しそれらとともに消える。
それで、終わるはずだった。
視界を遮るように手を掲げれば、連鎖的に帰る気などなかった自分が彼女から引っ張りこまれたことを思い出した。いくら年の差があり、不意をつかれたとしても――あの時、ともに戻ったのは。
「僕が、少しでもそう在りたいと願ったから、か」
全てを拒絶できると思っていた。
世界に未練などなく、生きることは厭わしかった。
だからこそ、闇に還ろうと思っていたのに。
「エスト…?」
不意にかけられた声に、エストの意識は現実に立ち戻った。
「案外早かったですね。用事は終わったんですか?」
「え、うん。終わった、けど」
ぱちぱちと目を瞬き、ルルは困ったように眉尻を下げる。
「待ってくれなくていいって言ったのに」
「考え事をしていただけですよ、待っていたわけじゃない。そんなに時間も経っていませんし、今から帰るつもりでした」
「……そっか」
納得いかないのか曖昧に頷くルルを置いてエストは歩き出す。
「って、エスト!?待って!」
ルルは咄嗟に駆け出して、先を行くエストの手を取った。それでエストはようやく立ち止まり、振り返る。
「あまりに嫌そうにしているから、帰りたくないのかと」
「い、嫌そうになんかしてないもの!ただ、その……結局エストに迷惑かけたなって…」
エストは無駄なことを嫌う質だ。それを知っているから、待たなくていいと言っておいたのに。
「でしたら、授業時間外に呼び出されるような成績を取らないことですね」
「う…」
わざわざ隠していたことを暴かれ、ルルはしょんぼりと肩を落とす。今回は本当に自業自得だ。
意気消沈のその様に、エストは溜め息をつく。
本当に――。
「……食事の後に少し勉強しましょうか」
「!うん!お願いします!」
途端に顔を輝かせ、嬉しそうに笑うルルに、エストも釣られて小さく笑った。
本当に、貴女には敵わない――
世界を捨てるなんて簡単だった
(けれど貴女を拒むことは、あの時も、そしてこれからも絶対に出来ないんだろう)........... title by 空青。