突然目の前に現れたピンク色のマカロンに、ルルはぱちりと目を瞬いた。

 「マカロン…なんで?」

 此処はラティウムの街ではなく、寮の学習室。
 それでなくともマカロンが宙に浮くことなんて、そうあることじゃない。
 ふわふわと目の前に浮かぶマカロンを、とりあえず両手で包むようにして捕まえてみる。手の中に収まったそれは、何度眺めて見ても、ただのマカロン。
 「いつまで観察してるの?」
 くすくすと小さな笑い声とともに、そんな言葉が振ってくる。
 振り返ってみれば、声の主が、口調そのままのからかうような笑みを浮かべていた。

 「アルバロなのね、これ」
 「うん。甘いものは疲れにいいらしいし、ルルちゃん好きなんでしょ?」
 「うん、好き。ありがとう」
 「御礼はいらないよ。――これもペットの役目だろう?」
 飼い主の欲しいものを取ってきたんだよ、と笑い混じりに耳元で囁かれ、ルルは一瞬顔を強張らせたが、そうねと力無く呟いた。
 アルバロは、飼い主とペットに準えて揶楡するようなことを言う。本当に楽しそうに言うから、きっと彼自身はそれが一番自分達に合う表現だと思っているのだろう。

 「でも、どうせならもっと別のモノが欲しいわ」

 「別のモノ…?」
 予想外の言葉だったかのか、アルバロは軽く目を見張る。けれども直ぐに、楽しそうに目を細めて言葉を継いだ。
 「言ってご覧よ。ルルちゃんが欲しいものなら、なんだって手に入れてくるよ?宝石でも服でも――命でも」
 にたりと弧を描いた口許が、ルルの直ぐ傍にあった。
 跳ねた鼓動に気疲れぬよう、視線を外す。
 「物騒なことを言わないで。そんなんじゃないの、私の欲しいモノは」
 「だから、言ってみろよ」
 「――それを考えて当ててみせるのが、優秀なペットだと思わない?」
 「……それは、面白そうなクイズだね」
 くすくすと笑って、アルバロはようやくルルから離れる。
 「じゃあそのうち、お前が望むものとやらを献上しようかな」
 当たってたらご褒美頂戴ね、といつもの口調で楽しそうにアルバロは自習室を後にした。


 アルバロの背中を追っていたルルは、その姿が完全に見えなくなってからひとつ息をつく。

 「貴方には、きっと無理だと思うわ。アルバロ」





只欲しいのは唯一貴方の心

(けれどもきっと貴方は思いつきもしないのでしょうね)


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