煌々と輝く室内と反比例した心が暗闇に溶け出して紛れて消えてなくなりませんように、と自分でもわけのわからないことを考えた。

カチ、コチ、秒針が時を刻むその音だけが響く、夜の生徒会室。
学園の支配者だと誰かが言っていた生徒会長という役職を与えられた人だけが座る、その椅子に深く身を預ける。適度な弾力が心地よく、規則的な針の音と相まって眠気を誘った。

あぁ、此処に、あの人はいたのだなぁ

まどろみに沈む意識を、がたり、不協和音が邪魔をした。
「…あれ、翼君…?」
少し立て付けの悪い扉を閉めながら、その人は困惑した顔を見せた。あれ、はこっちの台詞だよ、と内心で返しつつも意識は再びまどろみに溶けようとする。
「こんなところで寝ちゃうの?もうすぐ夕飯の時間だよ」
「ぬー…」
「…学校閉まっちゃうよ?」
「それは困る、かも」
閉じ込められたら困る、僅かに残った正常な神経が出した答えに無理やり目を開く。ぐんと伸びをして、勢いよく立ち上がって、振り返って。
「その椅子、今度は颯斗くんが座るね」
なんだかんだで卒業式の直前まで、結局元会長であるあの人が使っていた。世代交代は済んだ筈なのに、最後の最後、リミットぎりぎりまで『生徒会長』であり続けたひと。
「そらそらが座るのかぁ…ぬーん、違和感」
「ふふ、私たち、一樹会長が座ってるところしか見てないもんね」
「うん…」
意味もなく椅子の縁に指を滑らせる。
そこに常にあった姿はなくて、主人のいない椅子はどことなく精彩を欠いているように思えた。

あぁ、あのひとは、ほんとうに

「…さびしいね」
ぽつりと、月子が零した言葉に、振り返る。
ちょっと泣きそうに赤みが差した目で、また困ったように笑う。
「あれだけ泣いたのに、さよならもいったのに、自分に言い聞かせたのに、一樹会長にだって言われたのに」
一瞬でも受け入れられたと、大丈夫だと思ったのになぁ、と呟く彼女はけれども涙は出さなかった。たぶんそれは我慢しているのでもなく強さでもなく、それこそが受け入れられている証拠だと思うのだけれど。
月子にかける言葉が見つからず、視線を戻した。

「俺もね、さびしいよ」

どれだけ突き放しても知らぬ振りをしても、俺がほしかったものを理解し手に入れられたのは、あの人のおかげで。
あの人がいなければ知らなかった感情もいっぱいあって。
「なんかさー、心にぽっかり穴が開いたみたい、ってこういうことだろうなって実感してる」
胸に手を当てて目を閉じる。
いろんなこと、あったなぁなんて感傷に浸る。穴が開いた場所からあふれるのは、むき出しの感情、見ぬ振りをした自分、ぶつかって怒鳴られて。

「でも、この感じは嫌いじゃないなぁ」

それだけ、あのひとは俺にとってとてもとても重要な人。
それだけの人と、出会えたということ。
失うことで大切さに気づくなんて陳腐で安っぽい言葉は使いたくないけれど、抱えた悲しみは同等以上の大切なものを得る糧となるのを知ったから。


「回数は減っちゃうけど、距離は離れるけど、会えないわけじゃないし。だから」

「うん、大丈夫」

「ぬははっ、うん、大丈夫!」








巣立ちの日


(開いた穴には感じた悲しみをいっぱいに詰めて、それさえ抱えてまた僕らは歩き始めよう)