生徒会室の扉をあけると、意外にも一樹一人で仕事をしていた。
眼鏡をかけて書類と向き合っていた我が校の生徒会長様は、俺の来訪に気づいて顔を上げる。
「よう、桜士郎。どうしたんだ?」
「んー、たいした用事じゃなかったんだけど。……今日は誰もいないんだねぇ、つまんないの」
せめてマドンナちゃんにあって癒されたかったのに。そう呟くと、そりゃ残念だったな、と一樹に笑われる。
「それにしても、こんな静かな生徒会室、久しぶりじゃね?」
「そうか?別にいつも集まってるわけじゃないんだが」
「そうかも、しんないけどさ」

二年、経とうとしている。
一樹ただ一人の生徒会から、笑いの絶えない賑やかな生徒会になって。

「なぁ、一樹。俺、前々から疑問だったんだけどさ」
「んー?」
一樹は再び書類に目を通し、カリカリと何か書き込みながら生返事を返す。珍しいな、真面目に仕事してんのか、なんて茶々を入れる気にはならなかった。
以前は、よく見た光景。


「なんで、あの子にしたんだ?」


生徒会のメンバーについて、俺が知ることは少ない。
けれども齧る程度に周辺事情を掴めば、ある程度の予測はできた。
その予測に完全に沿わないのが、彼女。

「必要だからに決まってるだろ」

一樹の手は止まらない。
顔もあがらない。
動揺らしきものは、一切見えない。

大したもんだなと内心舌を巻く思いだった。この男は本心を隠すことについては、本当に、悲しいくらいに、長けている。
それは、番長やエジソン君にだって通じるのだけれど。
本心を隠し偽り、壁を作って己を見せない。その点において一樹を含めた彼らは似通いすぎていた。
その中で、やっぱり彼女は異質。
「結構、気になってるだけどなぁ」
素直で明るくまっすぐな月子ちゃん。周りから愛されて何の弊害もなく真綿に包まれて育ったのだろうと、簡単に見て取れるかわいい子。
だからこそ、異質で―――彼女が、何か傷つけはしないかと、心配になる。
痛みを知らない子は、痛みに鈍感だ。痛みを抱えた子ばかりのこの集団に、彼女は何のトラブルも起こさないのだろうか。

「いいだろう?紅一点を独占だ」
いつの間にか手を止めた一樹がにやにやとこちらを見ていた。
こういう表情をしたコイツは、妙に子供っぽい。そう思って俺は小さく笑い声を零した。
「あーはいはい、いいですねーっと。俺はむさ苦しい新聞部に戻りますよ」
「おー、戻れ戻れ。そして後輩たちにまた呆れられてろ」
引退したのにまだ来るんですかと先日も言われた言葉を思い出し、うるせーとだけ返しておいた。
生徒会室を出ようと扉を閉める直前、後ろ髪を引かれる思いで振り返る。扉がきぃと音を立てて閉まるそのわずかな隙で見えたものは――


「ただ、俺にとって必要だっただけだ」


痛み耐えるように苦く笑った、孤独なオウサマの顔だった。








孤独な王様が望んだもの

100216