朝早く目覚めてしまったのは寒さのせいだと思った。実際布団から出る気にならないくらいには冷え込んでいて、二度寝をしようと目を閉じてはみたのだが何故だか眠気は襲って来ず、だから結局はそのまま起きてしまい、今に至る。

…が、実際外に出てみると思ったほど寒くねぇ、と

冬空にしては澄んだ青色をしている天を見上げ、俺は息を吐く。吐いた息は僅かに白く空気を侵食したが、直ぐに融けて透明に馴染んだ。
二度寝出来なかったかわりに昼寝をしよう、と心に決めて前に視線を戻すと、見慣れた姿を発見する。寒そうに首をすくませ僅かに背中を丸めた姿を見ながら、猫みたいだなと思う。

「月子!」

少し離れた場所から声を張り上げてみる。
びくりと跳ねた勢いのまま月子は振り返り、目を丸くする。
「一樹会長、お早うございます。――今日は本当にお早いですね」
いつも遅刻ギリギリの時間帯に登校していることを知っている月子は、本当に驚いた顔をしていた。それに苦笑を返しながら、立ち止まってしまった月子の隣に並ぶ。
「まぁ、たまには早く起きることもあるさ」
そういいながら、肩を押して促し、俺達は並んで歩きはじめた。

「あ、でもちょうどよかったです、一樹会長」
手を出してください、と続いた言葉に、俺は言われたとおり手を出した。
「はい、日頃の感謝の気持ちの代わりに」

月子が左手に提げていた二つの紙袋のうちのひとつから、小さな包みを取り出す。このポップで鮮やかな色合いの、これは。

ああ、そうか。今日は――

「チロルチョコ、が感謝の気持ちの代わり、か。相当ちっぽけじゃねぇか」

「だって義理チョコですもん。ちょうどいいでしょう?」
いっぱいあげなきゃいけないし、予算を圧迫しませんから。そういって悪戯っ子のように笑う月子に、俺はまた苦笑する。
「まぁ、俺にくれるっつーことは月子の配る範囲は広いだろうなあ」
「そうですね、一応クラスの皆と弓道部の皆、あとは颯斗くんと白銀先輩にあげるつもりです」
ほら、と広げて見せられた紙袋の中には、色とりどりのチロルチョコが敷き詰められている。
確かにその人数に渡そうと思えば、チロルチョコほど財布に優しいものはないだろう。
うちのお姫様は優しいな、と頭をぐしゃぐしゃと撫でてやると、やめてくださいと抗議の声を上げながら、月子は距離を取るように離れる。

「で、そっちは幼なじみ用か?」
月子が提げているもうひとつの紙袋を指し示す。
「あ、はい。よくわかりますね。錫也と哉太は、特別ですからちゃんとしたのを別に買ったんです」

「特別、」

呟いた、その瞬間に過ぎる映像があった。


「あ、颯斗くん。すみません会長、私颯斗くんにコレあげてきますね!」
「おー、行ってこい」
「じゃあ、また後で!」
その言葉で生徒会主催のバレンタイン行事があるのも今日だったと思い出す。昼寝できねぇじゃねぇか。
駆けていく小柄な背中を見送りながら、小さく息をついた。

「来年、も…チロルチョコでいいからな?」








一口大のチョコ

(俺にはこれが身の程に合ってるんだから)
100214