正直予測はできていたし、覚悟もしていたから、直前まで大丈夫どうにかなると高をくくっていたのは事実でそれがただの楽観だと気付いた時には遅かった。

「…俺の用件は言ったはずなんだが」
「聞こえましたが、応じるか否かを決めるのは俺です」
「要は応じる気はない、と」
「そういうことですね。察しのいい方でよかったです」
嫌味なくらいの笑顔を見せ付けられるのかとおもったが、予想に反して返ってきたのは、一切の感情を見せない無表情。
「人当たりがいい、と聞いていたんだが」
「時と場合と、人によりますよ」
詰まるところ、俺に対しては人当たりはよろしくしないらしい。
学園の支配者たる生徒会長様にきっぱりはっきり宣戦布告してくれた東月は、扉を塞いでどいてくれそうにもない。ちらりと視線を動かせば、教室内でクラスメイトと談笑する月子の姿。それは本当に楽しそうな笑顔で、俺は少し安堵する。

昔から、あいつには笑顔が似合っていた。

「あー…まぁ、だったら伝言でかまわないんだが、それならいいだろ?」
「内容によります」
「徹頭徹尾だな…まぁいいけどな。今日の生徒会の集まりは無し、とだけ言っておいてくれるか」
「そういう内容でしたら、喜んで」
今度こそ予想していたとおりの完璧な営業スマイルを浮かべた東月に苦笑して、踵を返す。
全く、颯斗よりもさらに手強い奴がいるとは思いもしなかった。
そんな考えを見抜くかのように、数歩進んだところで声が飛ぶ。

「なんで、関わったんですか」

俺は立ち止まり、声の主を振り返る。
静かな、それでいて今にも噴出しそうな怒りを内包した強い眼差しが、向けられていた。

「あなたが言ったんでしょう。―――忘れろ、と」

それがおそらくはあのときの最良だったから、そう望んだ。
あの笑顔を曇らせたくは、なくて。

「……さあ、なんでだったかな」

その判断を後悔したことはない。一度も。
だから俺は笑ってみせる。
わざわざ本音を晒してやるようなお人よしさも素直さも持ち合わせてはいないし。

厳しい表情をした東月は、納得いかない気持ちを吐き出すように息を吐いた。
「…何でもいいですが、あいつを泣かせる真似だけはしないでください。万が一泣かせる様なことがあったら――無事では済ませませんから」
お預かりした連絡は伝えておきます、と付け加えて教室へとはいっていくその背中を見送り、俺も今度こそ立ち去るために踵を返す。


「関わった理由、ね…」
見守るだけでいいと言ったのはどこのどいつだっただろうか。








奥底に眠らせた、

(例えばお前が記憶を持ち続けていたらお前が俺を避けていてくれたら、いつか願ったように消え去っていただろうか)
100129