幸せ?と聞いたその答えが、幸せです、という言葉で安心したのは確か。
だけれど同時にすとんと何かが抜け落ちたのも、確か。

そう、幸せなんだ
それはよかった、と言葉にすれば、ありがとうございますと柔らかな笑みが返ってくる。幼いとさえ思えるその顔に浮かぶ表情は、彼女が告げた言葉に嘘偽りがないことを表している。
そう、幸せなんだ
それがいいことであることは確かなはずなのに、俺は少しだけ、けれども無視できないくらいの違和感を覚えた。
しあわせ、これが、君にとっての幸せだというのなら、俺はこの籠を守り続けるだろう。何にも邪魔されず、人の死など遠い出来事で、衣食住に困らないこの暮らしを、守り続けよう。
それが君に約束したことだから。
言葉にはせずにそうと心の中で呟いて、立ち上がる。
帰るのですか、と聞かれて、うん、と答える。
しばらくは此処に来ることもないのだろうなと思いながら踵を返せば、追いかけるように問いかけの声が被さった。


「孟徳さんは、幸せですか?」


それは予想できていなかった言葉だった。
一瞬の硬直を経て振り返ると、相変わらずの柔らかな表情に、常と変わらぬ真っ直ぐな視線にぶつかる。

うん、とはいえなかった。

君には嘘はつかない、そう言った。
それも君に約束したのだったね。
答えない代わりに、俺は、小さく笑って言葉を紡ぐ。

「幸せって、よくわからないんだよね」








自由意志で飛ぶ鳥に焦がれていた


(向かい風の中でも懸命に飛ぶその姿に焦がれたのであって籠のなかで羽をたたんだ姿にはまったく惹かれないんだ)



100407