躊躇いがあったのか。

伸ばした手が一瞬止まったことに、何より自身が一番驚いている。
孔明はぱちりぱちりと幾度か瞬きをして、自らの手を眺めた。
決めただろう、と其の手に向けて心の中で呟く。
決めただろう、彼女を戻すと。
つと目を細めて逡巡するように時を止めたのは、ほんの僅か。
当初の予定通りに引き出しを開けて本を取り出す。師の言った言葉に忠実に沿ったその結果を思って、孔明は小さく笑った。

迷っているのは、どちらだろうね

どちらもかな、と口にした其の言葉は誰に聞かれるでもなく空気へと解け出した。

ぐるり、と今居る室を見回す。
彼女がいつもいたはずのその室は、けれども彼女がいなくとも違和感など何もないかのように、普段どおりの清浄な空間があるだけ。

もともと、彼女は浮いた存在だったから、仕方ないのかもしれない。
そのふわふわした存在とも、お別れの時間は迫っている。

手にした本を一度だけ撫ぜ、手早く懐に仕舞う。早く戻らなければ彼女は訝しむだろう。
室を出て、孔明は駆け出す。
いつもなら身軽なはずの自身の体が、やけに重く感じた。








終焉の幕は自ら引くよ


(夢のような一時をくれただけで、ボクは満足しなくちゃならないんだから)



100403