楊漸を頼む、と。
それを口にしたときから、少しだけ、金蝉子の態度が変わった。
だからこそ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだが、後悔したのも事実。だけれど頼めるのは彼女だけだったから、仕方ないとも思う。

明日もありますからもう寝ましょう、と金蝉子が口にして、大聖は少し思案する。その僅かの逡巡の後。
「金蝉子」
「はい?」
先に戻ろうと歩を進めていた金蝉子を呼び止める。彼女の手を取り、如来から授けられたという紋章を空いている己の手のひらで撫でた。
「大聖?」
撫でられるのがくすぐったいのか、金蝉子の手はすぐに逃げようと動く。けれどそれを逃がさないようにしっかりと握り、大聖は金色の双眸を彼女に向けた。真っ直ぐに返ってくる彼女の視線には、疑うような色合いも不審そうな色合いもなくて、それが信頼に足る者と認められている証拠のような気がする。大聖は安堵させるようにふっと笑みを浮かべた。
「金蝉子、ちょっと目ぇつぶって?」
「…?どうしたのですか?」
「いいから、ほら、瞑る!ちょっとさ、おまじない、するだけだって」
「おまじない、ですか」
なんだろう、と不思議そうにしながらも、彼女は目を瞑る。何かを訴えるように、掴んでいた大聖の手を握り返した金蝉子にもう一度笑って。
「全軍指揮してる奴が言うことじゃないってわかってるけど、やっぱりさ、オレもちょっと不安になることもあるよ」
「そうですね、私もそういうときは、あります」
目を瞑ったまま、金蝉子はこくりと頷いた。
先ほど交わした言葉の中にも、互いが互いに不安を感じていたのを知った。それはもう、どうしようもない種類のものだ。大聖も金蝉子も、先を見る力はないのだから。
「それでもさ、オレはあんたがいればそれだけで力に変えていける。あんたに、誓ったからな。勝利だけ、もって来るってさ」
「えぇ、その言葉、違えないでほしいと思いますよ」
たとえ保障された未来はなくても、それでも。
そうであってほしいと強く願えば、それが叶うのではないかと。
言葉は力になるのだ、願えば支えになるのだ、そうと言い聞かせて。

「だから、…もう一度だけ、誓うよ」

かさりと、足元で踏まれた草が小さく鳴る。
それが嫌に耳に響くくらい、辺りは静かだった。
距離を縮めた大聖に気づいても、金蝉子は、何も言わず特に反応らしい反応は見せなかった。

「あんたは、オレが守る。この身を、この魂を、全て賭けて」

こつり、と大聖は額を金蝉子のそれに宛がう。
あわせた額から、じわりと熱が広がった。
「だからあんたは、何も憂うことなく、前に進んでくれ」
例えこの身が果てようとも、それは己の決断によるものでしかなく、誰のせいでもない。


己の身が果てることが、彼女を守ることに繋がるのならば、それでもかまわないと。
そう、思っているから。







自己満足自己犠牲