初めて見たとき、思ったことがある。

あぁ、あの人は、オレとは別の次元を生きているのだろう。


彼女を表すとしたら、清廉、真っ白、そんな『お綺麗』な言葉が似合いそうだな、と思っていた。
「あんたってさ、意外としたたか、だよな」
それは偶然目にした光景。
観音と金蝉子が穏やかににこやかに、誰もがわかるほどの嫌味合戦を廊下で繰り広げていた。そう長くはない時間で嫌味合戦は終わり、観音が恐らくは本心からの嫌そうな顔をしながら嘆息し、踵を返したところで、大聖は立ち止まっていたその足を動かして金蝉子に声をかけたのだった。
「大聖…もしや聞いていたのですか?」
「まぁなぁ。廊下だし、あんたら声を潜めてたわけでもないし」
聞くなというほうが難しいような状況だった。
そういうと、金蝉子はすこし困ったように眉尻を下げ、苦笑を浮かべる。
「お恥かしいところを見せてしまいましたね」
「意外だったのは意外だけどな」
それが悪いこと、だとは思わない。
それよりも少しだけ身近に感じたと言ったら彼女はどう思うだろうか。
釈迦如来という、天界にも近しい位置にいながら一線を画したその人の弟子であるという金蝉子。その特殊な立ち位置故に、どうにも昔から彼女は遠い人のように思えてならなかった。
けれどもここ数日、如来の元より天界に戻ってきた金蝉子と話す機会が多くなって以来、少しずつ彼女が普通の、そこらの仙たちと変わらず感情があり表情が変わるのを改めて思い知らされて、そう遠い人でもないのだろうと思うようになった。元より彼女も仙に変わりはないのだから、当たり前のことだろうけれども。

彼女は清廉潔白という言葉を体現しているような人だという印象が、大聖には根付いている。

「観音とはどうも…他の方とは調子が違ってしまって」
「ふぅん?」
それは、別段深い意味はないのだろうけれども、なんとなく大聖の心に引っ掛かる言葉だった。
「でも、ああいう遠慮ない言葉を浴びせるあんたも、『あんた』に違いないんだろう?」
「? えぇ、もう習慣となってしまってますし…他の方にああいうことを言うことはありませんが、私の偽れぬ一面なのでしょうね」
あまり認めたくはありませんが、とやはり苦笑する金蝉子にそうかと頷きを返す。

「なら、オレは見れてよかったと思う」

「はい?」
その言葉が意味するところを計りかねたらしい金蝉子は、不思議そうに首をかしげる。大聖はそれについて言葉を重ねず、常のように二ッと口の端を上げて笑って見せた。


どんな面であろうと、彼女をまたひとつ知れる、一歩近づける。
それだけで自分が少しだけ、悪戯が成功したときに似た高揚感を覚えることに気づいて、けれどもそれにどんな意味があるかなど、オレは考えないようにしていた。







知る、近づく、鳴り響く、