どうやら主は些か機嫌が悪いらしい。

「オビ、ねぇ」

遠くを見るように、というよりは遠くを睨むような半眼で、ゼンは窓の外を見ていた。部屋の入口で控えていたオビは自分の名を出されてはてと首を傾げた。
呼び掛けられたわけではない為口を開かずにいると、何かを思案するような間を開けて、ゼンが視線だけ寄越してくる。
「お前、白雪と何かあっただろう」
「は?」
何か、とは何を指すのか。
今の段階で報告しなければならないような特別な事柄はなかったし、経過の報告漏れもないと思う。
首を傾げるオビを一瞥し、ゼンは再び窓の外に視線を戻す。オビは、それから沈黙してしまった己が主の次の言葉を待った。
「…お前は、名を呼ばんな」
「はい?…あー、お嬢さんのことですか」
そういえば機会を逃したというか、何となく初めの呼び方から変えられずにいる。最初はただの標的に過ぎず、あの赤髪がわかりさえすれば良かったのだから。
そしてそれに慣れ、不便も感じないので、変える必要性も感じない。

「わかりやすくていいか」

微か見える口元が、弧を描く。
目を見張ったオビに、ゼンはいつもとは違う笑みを浮かべて振り返った。


「お前が、白雪を名で呼ぶときが来たら…『何か』あった証拠だろう?」
お前の、意識の中で。


「………主、やっぱり第一王子と兄弟なんですね」
「お前な…、真面目に聞く気ないだろ!前もあったよな?!」
「そうでしたっけ?」
へらりと笑ってみせながら、オビは手を握る。


知られたら最後、かな…







忍ぶれど、