見上げた空に浮かぶ月は、まるで嘲笑うかのようにその赤さを増していた。

ほんっと…真っ赤やなぁ

寝転がってそんなことをぼんやり考える。
気分的には立ち上がる気力もない、というような状況だった。生身ではないから気分だけ、ではあるけれど。
不意に、かさり、音が鳴る。
それでなくともすでに『それ』がこちらに向かっているのは知っていた。
切っても切れぬ我が半身なれば。

「何、してるの」

ひどく、冷えた声だ、と思った。
感情の一切を排した、平坦で固い声。それは何か感情を押し殺しているようにも、思える。
「べっつにぃ。なぁんも」
間延びした声で答えると、一拍の間を置いて、月と己の間を遮るモノが映る。赤い双眸は、燃えるような何かを宿していた。
「こんな夜中に、わざわざ寝床を抜け出して、庭の真ん中で寝転がって、なぁんにも、ないの」
わざとらしく、殊更ゆっくりと紡がれた言葉に、ううん、と唸ってみせる。
「せや。外で寝てみとうてな」
「……そう」
細められた赤い二つの眼。いつものごとく蹴飛ばされるか踏み潰されるかするのだと思っていたのに、壱号は眼をつぶって一度細い息を吐くと、すっと立ち上がる。
そのまま立ち去ろうとする相方に、思わず体を起こして地を踏みしめ、声をあげた。
「おい、壱」
別に何かを言いたいわけでもなかったからそれ以上の言葉に詰まる。予想外の壱号の行動は、なぜか焦りを呼び起こした。
呼びかけに応じたのか、壱号はぴたりと足を止め、けれど振り返ることなく言葉を返してくる。
「別に、お前が言いたくないないなら詮索はしない。……けど」
振り絞るような言の葉に乗せられたのは、静かな怒り。


「『力』は僕の担当だ。そういう風にできてるんだから、お前が足掻く必要はない」


今度こそ止まることなく邸の中に消えた相方の言葉を反芻して、弐号はひとつ息をつく。比例するように頭の炎が弱まるのを自覚した。
壱号の言いたい事はわかる。
自分たちはそういうふうにできている。
朱雀という強大な力は式となるには少し強すぎて、晴明の元に下る際に力を分かつことは自然な流れだった。そうして壱号という器にほとんどの力は渡り、弐号には殺傷能力には欠ける程の力しか渡らなかった。それはただの役割分担で、区別でしかない。
それをお互いに理解しているから、今までうまくいっていたし、構わなかった。
「せやけどなぁ、壱」
それでも、力が欲しかった。力を増やしたかった。
そうする方法を知っているわけではなかったけれど、どうにかならないか、なんて誰にも言える筈がなく、こうして色々と夜中に試していたのだけれど。
仕方ない、と思う。
この姿では、己の力はあまりに弱い。
それなのに、今は、その力こそが全てを左右する。そんな時だ。

「わいかて、守りたいんや」
できるなら、自分自身の手で。

いつかの一人で独りだった、孤独だった時とは比べるべくもないほどに、『今』も『此処』も、弐号にとって大きな意味を持っている。
それを守りたいと思うことは、守りたいが為に力を欲することは、どうしたって止められないのだ。
多分、壱号はそれを分かっている。弐号の想いは、壱号のそれとほぼ同じく重なるはずだから。
分かっているからこそ、あの言葉だったのだろうと、わかるけれど。
もう一度息をついて、空を見上げる。

やはり月は赤に喰われて世界を血色に染め上げているようだった。








赤が呼ぶ焦り


(それでも世界は残酷に時を刻む)


101226

こうだったらいいな、をいっぱい詰めてます捏造大好きです