願いがあるとするならば、この物語の終幕を見届けること。


がさがさと茂みを鳴らしながら鼻先で掻き分ける。
しばらく進めば、視界いっぱいの緑が消えて、代わりに抜けるような青空が現れた。
ふぅ、と息を吐いて歩を進める。眼下に広がるのは、今まで数百年と見守ってきた御神楽山の人々が住まう集落。
ミコトは、ここから見下ろす景色を大層気に入っていた。
そんなことを思い返しながら、頼仁は腰を落とした。行儀よくお座りをした彼は、つと目を細める。
「ミコト、彼の主は、幸せそうだぞ」

最期に願ったのは、彼女が幸せであること。

ずっとずっと笑顔でいてくれれば、それでいいんだ

誰に知れることなく、その身を使い、一人の娘を救い、そうして消えていった。
「お前が願い、お前がそれを選んだのだ」
そうして彼に救われたことを知らぬままの少女は、彼の思惑通りに何も知らぬ少女は、幸せそうに笑って毎日を過ごしていた。
すでに徒人と戻って久しい彼女は、いつかの神として過ごした記憶すら薄れているはずだった。それほどの時が、経っていた。
かつて少女だったその娘は、今や母親としてひとつの命を産み落としていた。
夫となった男と、生まれた子どもと、三人で幸せそうに過ごしている。
そんな人としての幸せを手にした彼女に、彼女に現人神としての記憶は必要ないのだろうとも思う。もともと霊媒体質でもない彼女には、神や妖の類を見ることもできない。もちろん、頼仁の姿も、映らない。
けれども彼女は毎年の星祭りの夜には必ず国星神社の御神木へと足を運び、現状を報告していた。
ミコトと初めて出会った場所がこの場所だから、天へいるミコトに届くような気がするのだと言っていたのを聞いたことがある。記憶が薄れていても、出会った仲間のことは忘れていないようだった。

その報告を、ミコトを聞くことはできない。
すでに無い存在であるから。


ならば、と頼仁は思う。
「我が友よ、お前の願いが真実叶う様を見届けよう」
唯一すべてを知りえているのは、己のみ。
だからこそ己以外にその役目はできぬのだと、思うから。

そうして、いつかどこかでまたその魂と出会えることがあるならば。

「お前自身が、叶えたその願いがあることを、果たした約束があることを、教えてやろう」


神であったお前が紡いだ人の子の為の物語の、幸せな結末を。







めでたしめでたし、で終わる物語

(だからどうか、次があるならばそのときは、自分の為の幸せな物語を―――)
120108