揺らぐ炎を見つめながら、ふと思い至る。
「あ、君まで…連れてきてしまいましたねー」
左手の相棒に声をかえれば、は?と間の抜けた声が返ってきた。
「いや、熱くないですか? 君、機械ですし。過度の熱にさらされ続けるのって駄目じゃないかなーって」
多少の熱でやられるような脆弱な作りはしていない。水でさえ長時間浸かることがなければ故障という事態にまではならないようにしている。それは製作者たるレイン自身がよくわかっている。
けれども、万が一。
万が一、―――レインがこの建物を抜け出すことなく炎に包まれたならば。
それは同じく彼の”死”を意味した。
「お前、やっぱ死ぬつもりかよ!?」
「え。やっぱり、ってなんですかー? 別に死ぬ気はありませんよー、こんなところで死ぬわけないじゃないですかー。だって何も…結局何も叶ってないのに」
いつものようにへらっと笑ってそういうと、自分の言葉なのになぜか妙に胸に来た。
そう、何も叶わなかった。

ボクが望んだものは、何一つ――

「……あのな、レイン」
不意に、思考に沈んだ意識に滑り込んだ真剣な声。まるで”生前”のような、静かな。
なんだか前にもこんなことがあったな、とぼんやりと思いながらカエル姿の友を見る。
「もしも万が一、できれば在り得てほしくねぇことではあるけど」
「…前置き、まどろっこしいですねー」
「あんま考えたくないしオススメはぜってーしねぇけど、本気でここで全てを投げ出すつもりなら」
もしも、最悪のこと、考えてるなら。
静かな声は、続ける。カエルの顔はレインのほうを向いている。それはただの機械のはずで、レインがプログラムした人工知能のはずで。
だからプログラムした覚えの無いこんなことを、言うはずはないのだけれども。


「今度は、お前を置いていかねーから」


置いてったりしてたまるか、と声が告げ終わると、沈黙が訪れる。
ぱちぱちと、炎が爆ぜる音がやけに耳についた。
顔を周囲へと向ける。炎は消えない。当たり前だ。消化装置は電源が入らないようにしてしまった。白く磨き抜かれていたはずの床も壁も天井も、今は炎の赤と焼け焦げた黒が彩っている。
ふっと、レインは笑う。
「つわものどもが、ゆめのあと…かな」
「ん? なんだなんだ、ポエムか? こんなときにまでヨッユーだなぁ、お前!」
「違いますよー、有名な日本の……なんでしたっけ、名言?」
「俺に聞くなよ、お前が知らないこと知るわけねーだろ!」
いつもの調子に戻ったカエルくんが、騒がしく喚きたてる。先ほどの”彼”は、また消えたのだろう。いつかもそうだったように。


「まったく、そんなこと言うためにわざわざ来たんですかねー…」

微かに視界が揺れた気がしたのは、気のせいだと思うことにした。








望んだもの、は


(君のことだから怒ると思ったんですけど…逆に言えなくなっちゃいましたね。あの子と君の居る所へ行きたい、なんて)


120108