朝、目覚めて隣に君がいるとしたなら、それはどれだけしあわせなことなのだろうか。
そんなことを考えたことがある。

「撫子…?」

あげた声が掠れたのは、自分が目覚めたばかりだったからなのか、それとも別の理由か。
そんな思考がよぎって鷹斗はふっと目を細めた。
それがどちらだったとしても、今彼女に触れることに躊躇しているのは、少しの恐れからだ。息をひとつ吐き、自分の顔が少し強張るのを自覚しながら、鷹斗はそろりと手を伸ばす。

触れた白い頬には、僅かとはいえ確かな温さがあった。

それでも血の気が引いて見えるのは、まだ薄日しか差さぬ明け方だからだろうか。
それとも、鷹斗にだけ、そう見えるのか。
僅かに、脈が速くなるのを自覚する。有り得ないと思考が言っているのに、それでも、と心が揺らぐ。
どくどくと鳴る心音に急かされるようにして頬に触れていたほうの手を動かし、撫子の口元へと近づける。微かな寝息がじんわりと鷹斗の手の甲を暖めた。

よかった…

細く長く、息をつく。
だいじょうぶ、彼女は生きている。動いている。
たとえそれが仮初の姿であり、鷹斗が自らの手で行った『応急処置』でしかないとしても。


朝目覚めた一番最初に視界に映るのが君の姿なら、それはとてもとても幸せなことだろうと思っていた。
そうして目覚めないと言われた彼女が夢の国から戻ってきて、目を開けた一番最初に、その瞳が俺を映してくれたなら、それはどれだけしあわせなことなのだろうか、と。
例えばそれが世の中の恋人や家族にとって当たり前で何気ないことかもしれないことでも、その夢見た光景が事実起こりえたなら、鷹斗にはそれ以上に求めることなどなかった。

けれど――

「撫子…俺は先に起きるね」

さらりと流れるつややかな髪を梳いて、頬を撫ぜる。そうしてベッドから抜け出したあと、鷹斗は撫子の姿を顧みることはなく、部屋を出た。


いつか夢見たその光景が此処に確かにあったというのに、実際に触れたそれはしあわせというにはいささか痛みが過ぎる気がした。








君の居る朝


(しあわせ、なはず、なのにね?)


110308